金学順が死んだ・・・しかし12/17追加



 ソウル発12/16共同伝によると金学順が死んだそうな。金欲しさに我国に謂れ無き汚名を着せた・・・。
死者に鞭打つ趣味はないが、虚言と派手なパフォーマンスで我国・我が皇軍の名誉と尊厳を著しく傷つけた此奴はどれだけ憎んでも有り余るものが在る。
 しかし、此奴もある意味では被害者なのかも知れない。
日韓に巣食う薄汚い反日亡者により利用されるだけされて、結局は事実が暴かれた段階でポイ捨てにされ。
 親に売り飛ばされ、契約を履行しないまま逃げ出し、惨めな生活を送り、朝日新聞の手により鳴り物入りでデビューし、馬鹿な羽田首相(当時)に国会で面会し銭をせびり、調子に乗って東京地裁に提訴、銭を握れると思ったのもつかの間で、結局はそこでボロが出てポイっと捨てられあとは惨めに死んでいった。
 思えば愚かであり、愚か故に罪を犯すがばれて死んでいった。
 死んだ此奴はどうでも良いが、此奴に傷つけられた我国我が皇軍の名誉と尊厳はいつになれば回復する事が出来るのか、一度傷つけられた名誉と尊厳はなかなか回復出来ないものである。
 京都新聞(三大反日地方紙の雄)12/16付け夕刊にはソウル16日共同として
金さんは旧満州(現中国東北地方)で生まれ、平攘で育ったが、十七才の時の春に、日本の軍人に強制的にトラックに乗せられ、中国大陸の前線に連れて行かれたと証言。
とすでに虚言である事が判明されている証言が記載されている。
仮にも新聞社を名乗る物がこの様な記事を載せる事自体悪意を感じるが、そこに傷の深さを実感する人も多くいるであろう。



明日の日本を背負う子供達の為にも馬鹿な売春婦に傷つけられた祖国と皇軍の名誉・尊厳を回復しよう!!



平和と平和団体
”平和資料館 ”の悪意

まず下の物を読んで頂きたい
若い女性たちは無理やり連れていかれた

 「従軍慰安婦」とは、戦地で命の危険にさらされながら、強権による性暴力の犠牲となった女性のことです。
日本は、1930年代初めから軍隊のための「慰安所」を戦地に作っていました。「従軍慰安婦」は、1937年の南京大虐殺直後から本格的に制度化され、戦争の拡大につれて増加していきました。
 8万人とも20万人ともいわれる「慰安婦」の多くを占めたのが、植民地朝鮮の10 代後半〜20歳代の若い女性でした。だまされたり、強制的に連行された彼女たちは、中国大陸はじめ東南アジア各地の前線に送られ、過酷な奴隷生活を強いられました。日本の敗戦時には、異郷に置き去りにされた女性も少なくありませんでした。

■ 金学順さんの証言から
 「もう一度、17歳のときの青春に戻して…」
 17歳の時、日本の軍人に「殺す」と脅されて連行され、最前線で一日何十人もの軍人の相手をさせられました。そのつらさは…もう人間のすることではありません。いまでも夢に見ます。死ぬまで続くでしょう。
 今日まで50年間耐え続けてきました。こんなひどいことがなぜありえるのか…「日本」という言葉を聞くだけでも、胸が引き裂かれる思いがします。私の胸の中につまっているハン(恨)を解きほぐしたい。補償が目的ではありません。事実を明らかにして、どうしても謝罪してほしい。過去の歴史を若い世代に正しく伝えてほしいのです。


H9.8.20 平和資料館ホ−ムぺ−ジ ”若い女性たちは無理やり連れていかれた”より
実物はこちら 但し更新されていた場合は????
 上の文を読むとかつて日本が、又我々の父や母・祖父や祖母が鬼畜生の様に思えてくる。しかしそんな事は信じられない、では真実を調べてみよう。
 まず、従軍慰安婦とは何か?
 所謂従軍慰安婦とは軍駐屯地近くに店を構え、若しくは複数の女性を連れて駐屯地を廻っていた軍専門の民間業者の元で働いていた春婦の事であり、立場はあくまでも民間人。従軍慰安婦とは千田夏光氏が二十余年前に作り上げた造語であり、軍属で無い者に従軍と言う呼称を使った事がみそ。ちなみに当時兵隊の給料が三円五十銭で彼女等は一回一円が相場だった。現在裁判を行っている者の中には一万から二万円が入った当時の貯金通帳を証拠として提出している者もいる。
 次に金学順さんの証言を検証してみよう、
H3.8.10 ソウル発朝日新聞 女子挺身隊の名で連行された女性の話として「女性の話によると、中国東北部で生まれ、十七才の時騙されて慰安婦にされた。200人から300人の部隊がいる中国南部の慰安所に連れて行かれた」
 同.12.25 朝日新聞 弁護士らの聞き取り調査に同行して金さんから詳しい話を聞いたとして次の様に証言を構成している
「私は満州の吉林省で生まれました。父が、独立軍の仕事を助ける民間人だったので満州にいたのです。私か゛生後100日位の時、父が死にその後、母と私は平壌に行きました。貧しくて学校は普通学校(小学校)四年で止めました。その後は子守りをしたりして暮らしていました(中略)そこへ行けば金儲けが出来る、こんな話を地区の仕事をしている人に言われました。仕事の中身は言いませんでした。近くの友人と二人、誘いに乗りました。十七才の春でした」
 同.8.14ハンギョレ新聞(韓国の新聞 反政府系)「生活が苦しくなった母親によって十四才の時平壌にあるキ−センの検番に売られて行った。三年間の検番生活を終えた金さんが初めての就職だと思って、検番の義父に連れられて行った所が、北中国の日本軍三百名余りがいる部隊の前だった」
 又、東京地裁に提出された訴状には
 十四才からキ−セン学校に三年間通ったが、1939年、十七才の春「そこへ行けば金儲けが出来る」と説得され(中略)養父に連れられて中国へ渡った。
とある。
 ここまでで真相はどうなのか考えるまでもなくわかる事であろう。少なくとも平和資料館が嘘の証言を掲載している事は事実である。
 ただ事実を本当に知らなかったのか、知っていてわざと掲載したのか、単に金さんが虚言癖の持ち主でそれを見抜く事が出来なかったのかは当方では預かり知らぬ所であり一度お聞きしたいものである。
 これはほんの一例にしか過ぎないが、所謂”平和団体”と称する輩が並べ立てる嘘八百は星の数ほどある。ただ所謂”平和団体”に共通している事がある、何か。
1 それは日本若しくは枢軸国を侮辱し批判し国家・民族の尊厳と誇りを踏みにじる事こそが”平和団体”の特権であり平和を求める者の義務である、その為には嘘・大袈裟・でっち上げは必要であり許されるものである。それを認めない者・真実を調べる者口にする者は全て平和の敵であり保守反動の獣である。
2 平和とは諸外国のいいなりになる事であり、日本を始め枢軸国側の諸民族は全ての民族性を捨て去らねばならない。
3 辻本清美衆議院議員(社民近畿ブロック比例一位)の迷言?と言われる「私は日本に生まれたことが恥ずかしい、私は地球人になりたい」
等であり、これらは日共系・社民系・極左無差別殺人集団(所謂過激派)系全てに共通しており、目的の為なら手段を選ばないと言った彼らの行動原則がそのまま出ており、共産主義の幻想がおおくの人々の目にはっきりし始めた頃よりエスカレ−トしてきている様に感じるのは我々民族派だけではあるまい。
 又、もし嘘・捏造と言ったものの上に平和なるものが出来上がってもそれは所詮砂上の楼閣でありいつかは覚める悪夢である。それはまるで核の均等による平和論と同じであり、楼閣の下にある砂が崩れた時を予想するのは容易であり考えるのも恐ろしい。これは彼等の理想と相反する矛盾である。

結局の所、所謂”平和団体”が求めているものは平和ではなくマゾヒストの自己満足であり、彼等の言う平和とは反日・侮日のための方便であり世間一般で言う平和とはかなりのズレがあるようである。