★★★米国の戦略に乗るだけでよいのか★★★
-新国際構造下での日本のあり方を考える-
評論家 菊池 究 


◎日本は米国の好敵手にはなり得ない最近の国際構造はどうもおかしい。従来の常識では説明できないのだ。これまでなら、国と国との同盟関係というものは、目的を達成すれば自然に消滅したものだ。日英同盟しかり、三国協商しかりである。ところが冷戦構造下のNATOも日米安保も、ソ連が崩壊したあと解消に向かうどころか前者は当方に向かって拡大し、後者はガイドラインの見直しにも見られるようにかえって強化されている。このように、世界の構造は従来の常識とは逆の方向に進んでいるのだ。
 この異常な背景には、唯一の超大国となった米国の作為があると見なければならないだろう。その構造を見ることによって、日本が将来取るべき方向も見えてくるのだ。
 米国は一七七六年の独立建国以来、常に敵との戦いの歴史を繰り返してきた。独立後およそ百年はイギリスが米国にとって最大の脅威であり、一八九八年の米西戦争でスペインを破り大西洋・太平洋国家として登場してきたころは、イギリスと一定した距離を保ちながら欧州列強との植民地獲得競争に参列し、欧州ではドイツが、アジアでは日本が米国の敵となった。そして第二次世界大戦で日独を打倒すると、次はソ連が敵となった。
 いわゆる戦後の冷戦時代であるが、この構造の中に米ソは直接は戦わなかったものの、双方は熱い戦争以上に戦費を遣い、巧妙な外交を展開していった。この長い戦いの中にソ連は経済力が尽きて自己崩壊していった。つまり米国が世界で唯一の超大国と成ったのだ。
 この時期における米国のとるべき措置を、米ハーバード大学のサミュエル・ハンチントン教授は、冷戦後に米国に対して軍事的脅威を与える国はなくなった。しかし、米国経済を脅かすのは日本経済だ。米国経済の弱体化は安全保障に重大な影響を及ぼす為、日本の経済的挑戦を今世紀中に片付けなければならないと解説していた。この頃から始まったのが、いわゆるジャパン・バッシングである。だが、鼻息の荒かった日本経済は、バブルの崩壊とともに失速し、今では北海道拓殖銀行や山一証券の経営破綻に見られるように、日本発の世界恐慌を惹起するかもしれないような状態にまで落ち込んだ。
 こうなった日本は、米国にとってすでにバッシングの対象ではない。そこで今日、唯一超大国の米国の国家戦略として押さえ込まなければならない国はどこかといえば、おちぶれたとはいえ核兵器の大量保有国であるロシアと、地域覇権主義を目指そうとしている共産中国である。いずれも日本の隣国である。日本がこれから展開される世界構造の変遷に、無関心でいられるはずが無い。ここで米国の対露、対中政策の方針を探ってみよう。


◎ロシアを徐々に弱体化させる冷戦時代、米国はソ連に対し封じ込め政策を取り、そして成功した。だが今日、米国はロシアを封じ込めようとはしていない。逆に政治の民主化や経済の自由化に側面から協力する一方において、周辺諸国に対するロシアの影響力を徐々に削ぎ、その大国化を不可能にしてしまおうと言う政策をとっている。
 つまり潜在的な封じ込めだが、それの具体策がNATOの拡大である。かといって東方正教会諸国といわれるベラルーシ、ウクライナ、ルーマニア、ブルガリア、新ユーゴスラビア連邦や中央アジアの独立国家共同体諸国に手を付けたのでは、ロシアは安全保障上の死活問題として露骨に反発し、かえって緊張を惹起することになる。そこで第一段階としてポーランド、ハンガリー、チェコに食指を動かし、昨年七月にこの三国のNATO加盟を決定したのである。やがてこの三国はNATOから一歩進んで欧州連合(EU)への加盟に動き出すだろう。さらにEUはポーランド、ハンガリー、チェコを取り込んでから、ルーマニア、ブルガリア、バルト三国に範囲を拡大し、そしてその範囲をウクライナにまで伸ばしていくだろう。無論その背後には米国の意志が動いており、ロシアはこうした米国勢力の東方拡大に苛立っている。
 しかしロシアにとって、現在進むべき道は米国に対抗するのではなく、逆に米国が用意した政治の民主主義化と市場経済化への道しかないのである。かつてのソ連の「栄光」を夢見る保守派にとっては、自国のなお一層の弱体化として映るだろうが、かといってそれに対抗する代案を彼らは持たないのである。したがって米国の対露政策は、米国の描いたシナリオ通りに進展していくことになろう。


◎関与政策でロシアの屋台骨を揺るがす一方、中国に対してはどうであろう。これは斜陽に向かったロシアと違って、状況は複雑だ。ときおり米国は中国を封じ込めようとしているとの観測を聞くが、実際はその逆だ。広大な大陸に十三億もの人口を抱え、外国からの関与や呼びかけに対し頑なに拒否反応を示している国に封じ込めを仕掛ければ、かえって危険という思いが米国にはある。だから米国は旧ソ連との冷戦に時間をかけて勝利を得たように、中国に対しても時間をかけてそのキバを抜き取ろうとしている。
 その方策の一つは、中国の軍事的冒険を許さないという強硬な姿勢を示すことである。
 これは一昨年三月の台湾における総統選挙のとき、中国が露骨に台湾近海にミサイルを打ち込む等の挙に出たとき、米国が二組の空母艦隊を台湾海峡に派遣したことでも実証済みだ。
 もう一つの策はこうして圧倒的な軍事的優位を中国に誇示する一方において、中国経済の自由化を進め、またチベットでの人種的弾圧に強い関心を示し、さらに民主運動家の亡命を受け入れて支援を与えるなど、つまり中国の強権体制を弱体化させるという関与政策の推進である。強権体制が崩壊するかあるいは変化して民主体制が進めば、北京の関心は地域覇権主義への道から国内の生活向上へと向かう。そして中国を建設的な地域協調主義の国へと変貌させるというものである。
 昨年江沢民がワシントンを訪問し、さらに今年はクリントンが北京を訪問することになっているが、これは米中の接近を意味するものではない。あくまで中国を国際社会に引き出し、冒険は許されないとする今日の国際ルールに組み込もうとする米国の一つの手段にすぎない。
 中国にしても、米国に露骨に敵対するのは得策ではないという思惑がある。だが中国の現体制の当局者は、米国のそうした長期戦略を見ぬいている。だからかれらは、チベットや民主化問題に対する米国の関与を内政干渉として反発し、最近急激にロシアに接近し、ロシアとの「戦略パートナーシップ」を協調するようになったのだ。
 もちろんロシアもそれに乗っている。しかし現実問題として、中ロの連携が米国への二ヶ国連合という対抗策にはなり得ない。いくら中ロが手を結んでも、それは冷戦下で米国と対立していた二大全体主義国のパートナーシップとは状況が異なる。中ロ両国とも、米国から最恵国待遇を拒否されるなど間接的にでも経済関係を絶たれたら、自国の経済がどうなるか分かっている。軍事面においても、もし米国が本気で対決を決意したなら、両国ともすくみ上がらねばならないだろう。それに米国には、もし中国が軍事超大国になるには経済成長を維持し、GDPのかなりの部分を軍事増強費に注がねばならず、その場合、経済成長は困難となり、それが行き過ぎると生活向上をもとめる国民の反発が強まり、旧ソ連のように軍事費負担の重圧で自己崩壊するとの読みがある。つまり悠然と構えているのだ。


◎新構造下に日本はどうするべきか、以上のように米国はロシアにも中国にも時間をかけ、緊張を高めずに弱体化させようとしているのだ。この長期戦略において、ヨーロッパにおける米国の前線基地となっているのがNATOであり、アジアでは日本なのだ。
 勿論米国は、ロシアとは北方領土問題があって日露が接近しても緊密にはならないことを見通している。一方中国とも尖閣列島問題や東支那海の海底資源の争奪戦があり、日中友好が叫ばれても両国が手を結ぶ事はないとみている。
 この見方は当たっていよう。つまり今日の日本にとって、米国の戦略に乗る以外に道はないということである。それがまた現時点では、日本にとって最も平穏で安泰だということになる。
 だが、ここで考えなければならないのは、日本、台湾、フィリピン、マレーシア、ベトナム等中国と近接している国が感じる今後の中国の脅威と、米国のそれとは本質的に異なるという点だ。まして日本はロシアとも近接しており、台湾以南の国々よりも深刻な状況にあると言ってもよい。
 北からの脅威は減少したとはいえ、消滅したわけではなく、火種は残っているのだ。それに韓国との対立の可能性も強い。中国がいま軍事増強路線を走っているのは周知の事実だ。米国が悠然として長期戦略を立てていられるのは、それが米国本土への脅威にはならないというところにある。仮に脅威となっても二,三十年先のことであり、また前述の見方からその可能性は薄い。
 しかし日本からベトナムまでの国は、中国の脅威は今日か明日にも迫っているのだ。かといって日本が急激にそれへの対抗策を講じようとすれば、米国の戦略は今日のバランス・オブ・パワーの上での長期戦略であるから、日本の軍事大国化はアジアのバランスを崩すものとして反対するだろう。日本の軍事大国化には、米国はこれまでも何度も反対の意思表示をしている。だからといって日本が無為無策で、ただ米国の長期戦略の駒になっていたのでは、その戦略が成就したときには、竹島は完全に韓国に押さえられ、東支那海の海底資源は中国に押さえられ、尖閣列島にも五星紅旗を立てられ、北方領土はロシアに固定化されているといった状況になっていよう。いま徐々にその方向に進んでいると言ってよい。
 米国の戦略が成就するとともに前述までのものが固定化された場合、米国はすでに日本を支援する必要性はなくなっており、それらの回復は今日以上に困難になるのは必至だ。つまり最低限の対策を、いま日本は成さねばならず、米国に寄り掛かっていても、それは日本の長期戦略にはなり得ないということだ。日本は日本の道を考えねばならないのだ。

新生日本協議会 「新生日本」二二〇号より