孫文を疑え

 村上 学


 共産中国も台湾も「国父」と仰いで尊敬する「孫文」とは、わが国においても「南方熊楠、宮崎滔天、頭山満、内田良平などと親交があり、政府も兵庫県も神戸市も多大な経済援助を与え、東京で革命のための連盟を結成させ、日本人にアジア主義を指導した」などと書籍などで紹介され、まったく「歴史的偉人」扱いをされている。果たして、その評価は正当なものだろうか。伝えられていない事実はないのだろうか。ここでは、角度を変えて考えてみたい。

 孫文についてのアウトラインは、皆さんには説明の必要はないだろう。ほとんどの日本人が孫文を好意的に見ているようだが、一般には知られていない事実があった。それを知った上で、もう一度「孫文」を考え直して頂きたい。

 華僑博物館の館長として著名な「陳徳仁」先生が発行した孫文に関しての書籍の中に、驚きの事実が隠されていた。
 まず、孫文の歴史年表の中には「一八八八年(明治二十一年)三月二十四日、父親の達成が死去し、孫文二十二歳の時に郷里恵陽県(広東)に帰り「三合会」の会長に就任した」 と書かれている。孫文の父親・達成は、広東最大暴力団の「三合会」の会長であったが、死去したために息子の孫文が跡目を継いだのである。
 若くして広東最大組織の総長に就いた孫文は、「医者であり薬屋であった」という表面的な顔とは違うものを持っていたはずだ。現在でも中国では、広域暴力団の俗称は「三合会」と呼び、国際的にも中国や香港の黒社会の中核組織を「トライアド」と呼んでいる。
 「清朝を倒して満州族を絶滅させ、明朝の漢民族国家を取り戻せ」との合言葉は、清朝末期の阿片戦争中(一八四〇年〜)に華中と華南で大規模に発生した「洪門」と呼ばれた漢民族の右翼秘密結社が大義名分とした「反清復明」運動で大きく叫ばれた。「洪門」の中心だった「三合会」や「天地会」などは、一八五〇年に起こった「太平天国の乱」で治安が乱れたことをチャンスに、出身地や職業ごとに所属する下部組織を立ち上げて巨大化した。
 組織は麻薬、賭博、殺人、みかじめ料などで運営されていたが、ほとんどは福建、広東、香港に拠点を置いた。一八九五年に「三合会」から選抜された右翼突撃隊「興中会」(漢民族の中国を復興させる)が孫文の命令で革命に走るが失敗し、組織は香港に逃れ、孫文は日本に逃れた。この頃から、組織は日本軍「興亜機関」に協力して、後ろ楯に使うようになった。つまり孫文は「興亜機関」の「支那代理人」だったのである。
 これを見ていて学習した「蒋介石」の国民党は、上海と広東の中小組織を糾合して「洪発山」という連合組織を作ったが、国民党が共産党に敗れた後は香港に移り、現在の強力な暴力団「14K」に衣替えしている。

 さて、「大アジア主義」と一般に言われている大正十三年(一九二四年)十一月二十八日に神戸高等女学校講堂で行われた講演会のテーマは、孫文自身は「大亜洲論」と言っていたものだ。これの全文を読んだ人は少ないようだが、最後の部分「日本は西洋覇道の犬となるか、東洋王道の干城となるか、日本国民の慎重に考慮すべきことである」だけにスポットを当てて、さも孫文が偉大な哲学者だったとしている声をよく聞く。だが、この講演内容の骨子は、そんなありがたいものではない。
 大正十三年十二月一日に神戸で新聞報道された講演録では、いくつかの気になる点がある。(国父全集収蔵)

 「全欧州の人民はあたかも父母を失ったごとくに悲しみ憂えたのであります。英国は日本と同盟国でありましたが、この消息を知った英国の大多数はいずれも眉をひそめ、日本がかくのごとき大勝利を博したことは決して白人種の幸福を意味するものではないと思ったのであります」と、日露戦争において日本がロシアを破ったことを、日本が白人種から忌み嫌われる原因になったと分析する。また、自ら漢民族の国家を「中心国(中国)」と呼んだ孫文は、「弱小民族および国家は、いずれも中国を宗主国となし、中国に朝貢することをもって光栄とし、朝貢できないことを恥辱としていた有り様であった」
と現在の中華帝国思想を誇っている。

 そして、日本が破ったロシアに共産主義革命が起こり、ソビエト連邦が発足するのに合わせて「日本は共産主義ロシアと手を結べ」と悪魔の囁きをするのである。

 「現在欧州には、欧州全部の白人から排斥され、毒蛇猛獣であって人類ではないように思われ、少しも接近されない国があります。わがアジアにも同様の考えを持っているものがかなりあります。然らばその国はどこであるかと言いますと、それはロシアであります。(中略)ロシアの新文化は、わが東洋古来の文化に合致するものであって、彼らは東洋と手を握り、西洋より分家しようとしているのであります。欧州人はロシアの新しい主義が、彼らの主張と合致せず、かつロシアの主張が成功する時は、彼らの覇道が打破せられるだろうことを恐れ、ロシアが仁義正道を説く国であることには目もくれず、かえってロシアは世界の反逆者であるとそしるのであります」
と、共産主義が「仁義正道」であり東洋古来の文化に合致する素晴らしいものだと宣伝しているのである。

 このような理論展開でもって、最終的に「西洋覇道、東洋王道」と言うのであるから、少なくとも共産主義が東洋王道であるという意味には違いないだろう。つまり、中共も台湾も「国父孫文」と呼ぶのは、あくまで「日本・欧州白人・共産ロシア」の三極を見据えた大規模なぺテンなのである。

 月刊中国の鳴霞さんが言っていた、「中国人には気をつけなさい。何から何まで全部偽物です。しかし、詐欺師だけは本物です」。
 孫文は壮大、遠大な歴史的詐欺師だったのかもしれない。その呪縛は今でも人々を縛り続けている。皆さん、孫文を疑うことで、日本と中国の真の関係を模索してみてはいかがだろ。